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モハ1形は1928年10月1日の車両称号規定改正により105PS出力の主電動機を搭載した木造電車に対して付けられた形式で,旧デハ6340形および旧デハ33500形の合計64両が該当し,新番号としてモハ1001‐1064が付与されました。また,改正時点で改造種車として工場に入場していた旧デハ6340形3両・デハ33400形1両にもモハ1形の仮番としてモハ1065‐1068が付与されました。
デハ6340形 1914年12月18日に東京駅開業,東海道本線東京‐高島町間(京浜線)が電化し電車運転が開始されるのに向けて製造された木造電車デハ6340系,デロハ6130形と姉妹形式の三等電動車。片運転台,側扉は車体端部に寄せた片側2扉車,車体幅2,700mm,車体長15,240mm,屋根は車体全長に及ぶモニター形で日本の国有鉄道で初めてパンタグラフを採用,主電動機は架線電圧600/1200V複電圧対応のGE社製GE‐244A (端子電圧600V時の定格出力は75kW,100PS相当)。床下機器の配置を運転台の向きに関わらず一定とした結果,上り(東京)方に運転台を持つ車両に奇数番号を付与し,下り方に運転台を持つ車両に偶数番号を付与する慣例が生じ,これは現在まで受け継がれています。デハ6340形は1914年度に汽車製造支店で12両(6340‐6351),日本車輛製造で8両(6352‐6359),1917年度に鉄道院大井工場で4両(6360‐6363)が製造され,1922年から多客化対応のため3扉化改造されました。
デハ33500形 京浜線用三等制御電動車で1921年から1923年にかけ汽車製造東京支店でデハ33500‐33534の35両が製造されました。出入台を廃止し車体側面の扉を従来の車端部から車体内方へ寄せ,すべての客用扉が客室と直結する構造としています。屋根はモニター屋根,車体幅は2,700mm,車体長は16,240mm,600/1200
(1500)V対応の105PS級主電動機MT4を搭載しています。1923年9月1日に発災した関東大震災で33507, 33513が被災し廃車となり,1925年度にそれらから発生した電装品を再利用して同番号の2代目と続番の33535‐33538の4両が製造されました。 |
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| ■ モハ1形 (称号改正前後の車番) |
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| 新形式 |
称号改正後番号 |
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称号改正前番号 |
旧形式 |
製造年度 |
来歴など |
| モハ1形 |
モハ1001 |
← |
デハ6354 |
デハ6340形 |
1914 |
関東大震災で焼失した3両(6351,6352,6361)の車番を埋めるためデロハ6130形6142,6144,6145を改番した2代目を含む |
| モハ1002‐1015 |
← |
デハ6340‐6353 |
1914 |
| モハ1016‐1025 |
← |
デハ6356‐6365 |
1914・1917 |
| モハ1026‐1032 |
← |
デハ33500‐33506 |
デハ33500形 |
1921 |
デハ33500‐33534の35両のうち関東大震災で廃車となった33507, 33513を除く33両 |
| モハ1033 |
← |
デハ33512 |
1922 |
| モハ1034‐1037 |
← |
デハ33508‐33511 |
1922 |
| モハ1038‐1058 |
← |
デハ33514‐33534 |
1922・1923 |
| モハ1059 |
← |
デハ33507A |
1925 |
関東大震災の廃車電装品を再利用,焼失廃車した車番を継いだ2代目 |
| モハ1060 |
← |
デハ33513A |
1925 |
| モハ1061‐1064 |
← |
デハ33535‐33538 |
1925 |
関東大震災の廃車電装品を再利用した新造車 |
| (モハ1065‐1067) |
← |
デハ6366‐6368 |
デハ6340形 |
1914 |
デロハ6130形から二等格下げデハ6340形に編入,改造のため入場 |
| (モハ1068) |
← |
デハ33403 |
デハ33400形 |
1940 |
京浜線用の105PS電動機搭載三等制御電動車,日本車輛で製造された4両(33400‐33403)のうちの1両,改造のため入場 |
| ( )は改造種車の仮番,モハ1065,1066はモニ3形3013,3014,モハ1067はモユニ2形2006,モハ1068は1928年度架線試験車モヤ4形4003で出場 |
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